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東京地方裁判所 昭和57年(行ク)2号 決定 1982年2月12日

横浜入国者収容所内

申立人

横浜入国者収容所内

彭炳福こと

バン・ブン・フ

右代理人

笹原桂輔

外七名

相手方

東京入国管理局主任審査官

吉田茂

右指定代理人

一宮和夫

外四名

(東京地裁昭五七(行ク)第二号、執行停止申立事件、昭57.2.12民事第三部決定、一部認容)

主文

1  相手方が申立人に対し昭和五六年一〇月一三日付けで発付した退去強制令書に基づく執行は、その送還部分に限り、本案事件(当庁昭和五七年(行ウ)第四号退去強制令書発付処分等取消請求事件)の第一審判決言渡しの日から一か月を経過する日までこれを停止する。

2  申立人のその余の申立てを却下する。

3  申立費用は相手方の負担とする。

理由

一本件申立ての趣旨は、相手方が申立人に対し昭和五六年一〇月一三日付けで発付した退去強制令書に基づく執行は送還部分に限り本案判決が確定するまでこれを停止する旨の裁判を求める、というにある。

二本件記録によれば、申立人は本件退去強制令書の発付処分及びその前提となつた法務大臣の裁決が違法であるとして、同処分及び裁決の取消訴訟(当庁昭和五七年(行ウ)第四号)を当裁判所に提起していることが明らかである。

三よつて、検討するに、相手方は、申立人が送還されることにより被る不利益は法の当然に予定した許容範囲内のものであつて、本件申立ては回復困難な損害を避けるための緊急の必要性を欠く旨主張する。

判旨しかし、本件記録によれば、本件退去強制令書に基づき申立人の国外への送還が執行されると、後記のような本案訴訟における争点などからして、申立人は事実上訴訟を継続することが著しく困難になるものと認めることができ、また、たとえ他日本案訴訟で勝訴判決を得ても、再入国その他送還執行前に申立人が置かれていた原状をそのまま回復し得る制度的保障が確立しているとはみ得ない現状においては、申立人は右送還の執行により本案訴訟を提起した目的を達成できないおそれがあり、それが回復の困難な損害に当たることは明らかであつて、右損害を避けるため、本件退去強制令書に基づく執行のうち送還部分の執行を停止する緊急の必要があるというべきである。

四相手方は、本件申立ては本案について理由がないとみえるときに当たる旨主張するので、以下この点につき判断する。

1  相手方は、昭和五六年法律第八六号による改正前の出入国管理令(以下「令」という。)二四条各号の一に該当するか否かの入国審査官の認定、右認定が誤りがないかどうかの特別審理官の判定及び右判定に対する異議の申出についての法務大臣の裁決は、いずれも当該容疑者が令二四条各号の一に該当するか否かについてのみを判断するものであつて、容疑者の個人的事情等を斟酌する余地はなく、更に、主任審査官は右認定、判定又は裁決が確定したときには必ず退去強制令書を発付しなければならず(令四七条四項、四八条八項及び四九条五項)、右発付にも裁量の余地は全くないところ、本件においては、申立人が旅券に記載された在留期間を経過して本邦に残留していた事実は明らかであつて右事実は令二四条四号ロに該当するので、右手続に違法はなく、また、法務大臣による令五〇条に基づく在留特別許可の許否は前記裁決とは全く別個独立の処分であつて、在留特別許可の許否に瑕疵が存してもそれが裁決の違法事由になることはない旨主張する。

しかし、入国審査官の認定及び特別審理官の判定は、容疑者が令二四条各号の一に該当するか否かの判断ないしはその判断の適否を審査するだけのものであるが、法務大臣は、前記裁決に当たり、異議の申出が理由がないと認める場合、すなわち、容疑者が令二四条各号の一に該当する旨の判断に誤りがないとする場合にもなお在留を特別に許可することができるものとされ、右許可は異議の申出が理由がある旨の裁決とみなされる(令五〇条)のであるから、法務大臣がした異議の申出を理由がないとする裁決は、右在留特別許可を付与しないとする処分を含むものと解すべきである。したがつて、法務大臣のした裁決のうち在留特別許可を付与しない旨の処分が違法であれば、右裁決に基づく退去強制令書発付処分も違法になると解される。そして、本件においては、本件裁決のうち在留特別許可を付与しない旨の処分の適否が争われていることが記録上明らかであるから、申立人が令二四条四号ロに該当するからといつて直ちに本案につき理由がないとみえるときに当たるということはできず、この点に関する相手方の主張は失当である。

2  申立人は、申立人はインドシナ難民であつて、本邦から出国しても適当な行先がないので令五〇条に基づく在留特別許可が付与されるべきであり、右許可を与えなかつた法務大臣の判断は著しく、裁量権の範囲を逸脱していると主張するのに対し、相手方は、在留特別許可の許否は法務大臣の広範な自由裁量に属するものであつてその裁量の結果は十分尊重されて然るべきものであり、しかも、申立人は中国籍を有し、台湾政府から正式手続により台湾旅券の発給を受け、同政府の保護下にあり、いつでも台湾へ帰国できるのであるから、インドシナ難民に該当せず、本邦への入国までの経緯及び台湾での居住歴等に照らしても、在留特別許可を付与しない旨の判断には違法は存しない旨主張するので、この点につき判断するに、本件疎明によれば一応次の事実を認めることができる。

申立人は、昭和三〇年一二月九日ベトナム・ホーチミン市(旧南ベトナム・サイゴン市)ショロンにおいて、父彭永坤ことバン・ビン・コン、母雷翠玉ことルー・ツイ・ギョクの次男として出生し、同市内の華僑系小学校、中学校及び高等学校を卒業した後、両親から一旦国外へ脱出するよう勧められて、昭和四七年八月ごろ、貨物船に乗船して香港に密入国した。同地で、既に密入国していた長兄と同居し、ベトナムに残つた両親から仕送りを受けながら約二年間生活した後、台湾で勉学を続けようと考え、華僑証明書と台湾への入境証を入手の上、昭和四九年一一月ごろ正規の手続により台湾へ渡つた。ところが、昭和五〇年四月三〇日のサイゴン陥落により旧南ベトナム政府は崩壊し、しばらく後に両親からの仕送りも途絶した。そのため、申立人は、台湾の僑正大学先修班に入学したものの学業を続けることができなくなり、生活費を稼ぐ目的で、台湾政府から旅券の交付を受け、在香港日本国総領事から観光目的の渡航証明書の発給を受けて昭和五一年四月二〇日本邦に上陸し、同年六月一九日台湾へ帰国した。次いで、旅券の再発給を受けて同様の目的及び方法により同年九月二五日再び本邦に入国し、同年一一月二四日台湾へ帰国した。申立人は、そのころ、生活に便利で外国の親族との連絡等もしやすい日本に居住したいと考え、昭和五三年一一月三日前回来日の際に発給を受けた旅券を用いて観光客と偽つて本邦へ三度目の上陸をした。そして、在留期間(六〇日)経過後も更新を受けないまま東京都内で道路工夫等として働きながら生活していたところ、昭和五六年六月七日池袋警察署警察官に逮捕されたものである。なお、現在、申立人の祖父母、両親及び弟妹(六名)はベトナムに、長兄は香港に住み、叔母一家はオーストラリヤに移住しており、ベトナムの家族はオーストラリヤへの移住を希望し、叔母がそのため申請手続を試みている。

右事実によれば、申立人は、中国籍で台湾政府から旅券の発給を受けて、同政府の保護下にあるもので、台湾への帰国が可能であり、いわゆるインドシナ難民とは認め難い。台湾も本来は留学のため一時渡航した地にすぎず、また、家族が三か国に離れ不安定な状態にあることに照らせば、申立人をいま直ちに台湾へ送還することが、申立人自身の生活の維持、家族との交信及び相互援助等に重大な障害を生ずることにならないか、あるいは他のインドシナ出身者の取扱いに比し著しく公平を欠くことにならないか等につき、なお審理の余地もあり、具体的詳細な主張立証がなされていない現段階で申立人の主張を理由がないものと断定することはできず、その点の判断は今後の本案審理の結果に待つべきものというべきである。

してみれば、結局本件が本案について理由がないとみえる場合に当たるものと断ずるのは相当でない。

五また、本件退去強制令書に基づく送還部分の執行を停止することが公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある旨の主張、疎明もない。

六そうすると、本件執行停止の申立ては、執行停止期間の点を除いて理由があるというべきであるから、とりあえず第一審判決言渡しの日から一か月を経過する日まで送還部分の執行を停止することとし、右時点以降の執行停止を求める部分については、改めて右時点において判断するのを相当と考えるからこれを却下することとし、申立費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九二条但書、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(泉徳治 岡光民雄 菅野博之)

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